古典文学

短歌俳句に詠まれた「早苗」

「早苗」詠んだ古歌 早苗をばかけしわが身よ奥手とも思はば頼みあらましものを(俊成) おほあらきの浮田の早苗生ひにけりまきのしたくさとりなまがへそ(〃) 早苗とるとはたのおもを見渡せば幾波あらむ田子のを笠よ(〃) 種まきしわさだの早苗うゑてけり…

江島生島

江島生島 江戸時代中期に江戸城 大奥 御年寄の江島(絵島)が歌舞伎役者の生島新五郎らを相手に遊興に及んだことが引き金となり、関係者1400名が処罰された綱紀粛正事件を基にしている。 女の嫉妬と陰謀が渦巻く大奥を舞台に、まことの愛に目覚めた大奥女中…

鈴屋本居宣長の鈴好き

駅鈴・馬鈴・鉄鈴を多く集めその音を聞くのが好きだった本居宣長 万葉集の馬の歌

露を玉と欺く

天然を見落とすなかれ この宝玉 蓮葉の 濁りに染まぬ 心もて なにかは露を 玉と欺く 『古今和歌集』 夏 僧正遍昭 里芋の葉にはあれども 水滴を玉のごとくに湛えて梅雨の季 雅人

この世の花簪(かんざし)

此の世の夢そのものの花簪

宇治川の網代木にいさよふ波

もののふの八十うぢ河の網代木にいさよふ波のゆくへ知らずも 柿本人麿 (巻3-264) 柿本人麿が近江から大和へ上りしとき宇治川のほとりにて

玉と欺く露

蓮葉の濁りに染まぬ心もて何かは露を玉と欺く (僧正遍照)

芭蕉句碑・西行歌碑共に我が家に

漂泊(さすらい)のこの両人を慕ふなり

西鶴五人女

五つの花に寄せて 西鶴『五人女』に寄せて 姿姫路清十郎物語(お夏清十郎) … 室の造り酒屋の息子である美男清十郎が、放蕩のあげく姫路の但馬屋にあずけられ、主人の妹お夏と恋仲になり、ふたりは駆け落ちの途中、とらえられて、男は刑死、女は狂乱する。 …

鎮守の森を守れ(熊楠)

今から100年前、熊野の森を守れと、敢然と立ち上がった博物学者南方熊楠。若い頃渡英し、科学雑誌「ネイチャー」に次々に論考を発表するなど明治日本が生ん「知の巨人」。帰国した熊楠は、明治政府の心なき神社合祀政策に反対し、鎮守の森を守ろうとする…

「水車」(徒然草51段)

『徒然草』 51段 亀山殿の御池に、大井川の水をまかせられんとて、大井の土民におほせて、水車をつくらせられけり。多くの銭を給ひて、数日に営み出だしてかけたりけるに、大方めぐらざりければ、とかくなほしけれども、終にまはらで、いたづらに立てりけり…

花ぞ昔の香ににほひける

竹取の翁、仙女に遇う

竹取の翁、九人の(神仙の)女子(をみなご)に値(あ)ひぬ。花容は匹(たぐ)ひなし。 難題婚『竹取物語』のかぐや姫とはちょっと違う。 『万葉集』 巻16-3791 長歌及び反歌 緑子の 若子の時には たらちしも懐し 褨(すき)を襁(か)け 平生(ひらふ)の時には 木綿の肩…

讃岐古典文学講座

【大野原古典文学講座】 (第三土曜九時半~十一時半 大野原図書館) 平成十二年度 万葉集 〃 十三年度 〃 〃 十四年度 〃 〃 十五年度 〃 【みとよ万葉講座】(第三日曜九時半~十一時半) 〃 十六年度 古事記 〃 (観音寺市働く婦人の家) 〃 十七年度 平家物語…

都鳥

名にし負はばいざ言問はむ都鳥 我が思ふ人はありやなしやと 『伊勢物語』 隅田川の言問橋でなくてすみません。 ここは讃岐財田川の琴弾橋

司馬遷『史記』~李陵

武田泰淳 『司馬遷』 「司馬遷は生き恥さらした男である。」に始まる本書は、武田泰淳の中国体験もふまえた戦中の苦渋の結晶であり、それまでの日本的叙情による歴史から離れて、新たな歴史認識を展開した。世界は個々人の集合であり、個の存在の持続、そし…

そろそろ『徒然草』講座のまとめ

兼好は、双の丘辺りに住まいしていた。 鴨長明『方丈記』の詠嘆的無常観に対して、兼好法師『徒然草』は自省的無常観

能「西行桜」

西行桜 四番目略三番 (太鼓あり) シテ 老桜の精 季 春 ワキ 西行法師 所 京都・西行庵 ワキヅレ 花見の人 西行桜 作者(年代) 世阿弥(室町時代) 能柄<上演時の分類> 現行上演流派 観世・宝生・金春・金剛・喜多 本説<典拠となる作品>『山家集』 西行桜…

謡曲「翁」

謡曲「翁」 翁は、露払いの千歳の舞の後、五穀豊穣、天下泰平を祈る白い翁の静謐な舞。大地を踏みかため、精霊を呼び起こす黒い翁の躍動的な舞。素袍大紋、侍烏帽子で威儀を正し、舞台披きや年頭に舞われる儀式的な一曲。 シテ 翁 千 歳 シテ 上「とうどうた…

ネオ連句「寺山修司・詩人死して」

★「寺山修司・詩人死して」と題するネット新連句に興じていたのは7年前。 お師匠さんの不遜先生は杳としてその後の消息を知らず。ただ当時の 連句熱が懐かしく、精神的充実感を振り返っております。このとき小生 は宣長なる俳号を頂きました。 以下、制作過…

実方はどこに?

実方はどこに登場するのか? かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを 『百人一首』 51番 藤原実方朝臣 『後拾遺集』恋612番 女にはじめて遣はしける 謡曲では、王朝の花形業平、後半期では実方と謳われた藤中将実方。ここでは、西行が…

江戸末期大野原の俳人庄司霞柳

梅の花残る潮・・・桜 庄司吉五郎 琴弾八幡宮境内早苗塚 高尾観音の芭蕉句碑を建立した筆頭人 慶應三年十一月没 享年六十二歳 庄司正迪・吉五郎墓碑

これが三蔵法師だ

三蔵法師 仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶(法師)のこと。また転じて訳経僧を指していうようになった。単に「三蔵」と呼ぶこともある。 日本では中国の伝奇小説『西遊記』に登場する人物「三蔵法師」として特に有名だが、三蔵法師というのは一…

亢竜の悔い

『徒然草』 第83段 「亢竜の悔あり」とかやいふこと侍るなり。月満ちては欠け、物盛りにしては衰ふ。 (口語訳) 昇りつめた竜は後は下るだけなので、そこに悔いがあるのです。月が満ちると必ず欠け、物が盛えると必ず衰える。 雅に澄む立待月を待ち得たり 雅…

出雲風土記

出雲風土記 出雲国風土記は、出雲国の風土記。編纂が命じられたのは和銅6年(713年)5月、元明天皇によるが、天平5年(733年)2月30日に完成し、聖武天皇に奏上されたといわれている(異説あり[要追加記述])。「国引き神話」を始めとして出雲に伝わる神話…

裸にて生まれてきたのに何不足

一心寺門掲額一茶の教訓句 裸にて 生まれてきたに 何不足 小林一茶 (1763~1823)=化政期の俳人。不遇な生いたち、 長い放浪、晩年の家庭苦などを独自の俳風で詠む庶民派の俳人。

月待ち信仰

月待行事 月待行事とは、十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜、「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、経などを唱えて月を拝み、悪霊を追い払うという宗教行事。 文献史料からは室町時代から確認され、江戸時代の…

加藤(橘)千蔭『うけらが花』

加藤千蔭『うけらが花』 江戸後期の歌文集。7巻。加藤千蔭著。享和2年(1802)刊。自撰の歌を四季・恋などに分類、26編の文章を併せて 収録。文化5年(1808)「うけらが花二編」刊。 橘千蔭(加藤千蔭) 『千人万首』 享和二年(1802)、自撰家集『うけらが花』…

明日の徒然草は******

「紫の朱を奪うを憎む」徒然草238段

御随身近友が自讃とて、七箇条書き止めたる事あり。皆、馬芸、させることなき事どもなり。その例を思ひて、自讃の事七つあり。 一、当代未だ坊におはしましし比、万里小路殿御所なりしに、堀川大納言殿伺候し給ひし御曹司へ用ありて参りたりしに、論語の四…