「紫の朱を奪うを憎む」徒然草238段



  御随身近友が自讃とて、七箇条書き止めたる事あり。皆、馬芸、させることなき事どもなり。その例を思ひて、自讃の事七つあり。 
 一、当代未だ坊におはしましし比、万里小路殿御所なりしに、堀川大納言殿伺候し給ひし御曹司へ用ありて参りたりしに、論語の四・五・六の巻をくりひろげ給ひて、たゞ今、御所にて、『紫の、朱奪ふことを悪む』と云ふ文を御覧ぜられたき事ありて、御本を御覧ずれども、御覧じ出されぬなり。

『論語』 「陽貨」 第十七 18
子曰。惡紫之奪朱也。惡鄭聲之亂雅樂也。惡利口之覆邦家者。

(書き下し文) 子曰く、紫の朱を奪ふを悪む。鄭声の雅楽を乱るを悪む。利口の邦家を覆す者を悪む。
 下村湖人(1884~1955)の現代語訳 「先師がいわれた。私は紫色が朱色を圧して流行しているのを憎む。鄭声が雅楽を乱しているのを憎む。そして、口上手な人が国家を危くしているのを最も憎む」