文藝

樋口一葉『十三夜』

十三夜 樋口一葉なつの名作 八月の十五夜、それで片月見とならぬよう九月十三夜のお月見も忘れまい。 一葉の小説『十三夜』 深まる秋の十三夜を舞台に明治の女性の哀感が漂う名作。

芥川「ぼんやりした不安」

同じ仲間の菊池寛には通じるものではなかった。 『或る旧友へ送る手紙』 自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何…

太宰治の「津軽…深浦」

北前船が立ち寄った津軽 深浦 太宰治の「津軽 五 西海岸」より 「… 駅からまつすぐに一本路をとほつて、町のはづれに、円覚寺の仁王門がある。この寺の薬師堂は、国宝に指定せられてゐるといふ。私は、それにおまゐりして、もうこれで、この深浦から引上げよ…

木下利玄の生家

木下利玄 歌人。岡山県生。佐佐木信綱の「竹柏会」同人となり歌を学ぶ。同級の武者小路実篤らと『白樺』を創刊、北原白秋・島木赤彦にも影響を受け、歌集『銀』『紅玉』を発表。その後『日光』『不二』同人として作歌を続け、その短歌は彼の歿後高い評価を受…

今日は一葉の命日 120回忌

明治29年のことであります。一葉は当時治療法がなかった肺結核が進行しており、8月に樫村清徳・青山胤通らの医師により恢復が絶望的との診断を受けた。11月23日に24歳と6ヶ月で死去。葬儀は11月25日に身内だけで質素に築地本願寺で行われた。一葉の作家生活…

谷崎潤一郎のモカロール

執筆の力の源泉モカロール食魔と言えば言い過ぎなれど

若山牧水「みなかみ」を求めての旅

相別れわれは東に君は西にわかれてのちも飲まんとぞおもふ 牧水 みなかみを求めて旅す牧水は

文藝倶楽部に「たけくらべ」

文芸倶楽部 文藝倶楽部に「たけくらべ」掲載 博文館発行の文芸雑誌。初期は硯友社の作家を多く収録した。 大橋乙羽の依頼で一葉は新たに起稿された小説を発表し、過去の小説の再掲が行われた。特別増刊号「閨秀小説」で一葉の作品は注目作となり、その後の「…

映画「樋口一葉」

『樋口一葉』 昭和16年(1939)制作 東宝 監督 : 並木鏡太郎 一葉名作『たけくらべ』 ~美登利を髣髴とさせる~

五秒で一葉

孝女白菊の歌

高潔な孝女のこころで咲き出でぬ 雅人 孝女白菊の歌 落 合 直 文 井上巽軒氏のものせられたる白菊の詩ありこの歌それにならへりさて今の歌に古言をのみ用ゐるはたかへりかつ長歌は五七のしらべにてうたひくるし短歌はことばすくなく思をつくしかたしされは今…

夕陽のカモメ

夕陽浴びカモメの群れはみな女神

北原白秋歌集『海の聲』

明治41年5月初版本(日本近代文学館・復刻版) 剣持文庫所蔵 明治41年刊の若山牧水の第一歌集。475首を収録。 代表歌「白鳥哀しからずや…」「幾山越えさり行かば…」もここに初出。 全体を通して、激しい恋愛の時期の作品が多い。(数首抄出) おもひみよ青海なせ…

漱石、修善寺の大患

「修善寺の大患」とは - 明治四十三年(1910年)夏、病身の夏目漱石は療養のため伊豆は修善寺の菊屋旅館に滞在していたが、この地で更に病状が悪化し、八百グラムの血を吐き人事不省に陥った。これを修善寺の大患と呼ぶ。 漱石はその後6年生きて大正5年12月1…

銀河鉄道の夜

宮澤賢治 『銀河鉄道の夜』でたどった星座 星座標, 地球, 白鳥座61番星, 白鳥座η星付近, アルタイル, 琴座, 射手座, 南十字座.... 天の川に沿った星座をほぼ天球1周分展開したもの。

子規の食い意地

子規は、死ぬまで食欲旺盛であった。夏目漱石が、彼のことを語るのに、「正岡の食い意地の張った話」がある。子規は、大変な美食家・大食家であった。

子規の『ホトトギス』写生文

新しい文章の革新…飾らずありのまま書く「写生文」 1897年(明治30)1月 、正岡子規の援助により柳原極堂(1867~1957)が松山に創刊した日本派初の俳誌。翌年10月、発行所を東京に移して高浜虚子が編集した。

日舞「おつう」

古くから伝わる民話「鶴の恩返し」をモチーフにした曲目「おつう」 劇作ドラマされた「夕鶴」でも知られている「つう」のけなげな愛を繊細で凛とした美しい姿で表現。

紫陽花いろのもののふるなり

乳母車 三好達治 母よ 淡くかなしきもののふるなり 【紫陽花いろのもののふるなり】 はてしなき並木のかげを そうそうと風のふくなり 時はたそがれ 母よ 私の乳母車を押せ 泣きぬれる夕日にむかって 轔々と私の乳母車を押せ 赤い総ある天鵞絨の帽子を つめた…

名曲童謡「浜千鳥」

浜千鳥の歌碑は、作詞者鹿島鳴秋が南房総市和田町を愛し度々療養中の愛娘をつれ訪れていた。後に家族ともども和田町に移り住んだ。療養のかいなく愛娘は亡くなり愛娘を偲んで童謡「浜千鳥」の歌が作られた。 弘田龍太郎の作曲のもと大正9年(1920)の雑誌少…

私の耳は貝の殻 海の響きをなつかしむ

私の耳は貝の殻 海の響きをなつかしむ

孝女白菊の花

孝女白菊の歌 落合直文 阿蘇の山里秋ふけて、眺めさびしき夕まぐれいづこの寺の鐘ならむ、諸行無常とつげわたるをりしもひとり門を出で、父を待つなる少女あり。年は十四の春あさく、色香ふくめるそのさまは梅かさくらかわからねど、末たのもしく見えにけり…

啄木の馬鈴薯の花

馬鈴薯の薄紫の花に降る雨を思へり都の雨に 啄木 ゆきずりの馬鈴薯の花見てをれば 啄木の歌ふとよみがえる 雅子

五輪の書

広く知られている『五輪書』は、言うまでもなく、宮本武蔵の著した兵法書。武蔵の代表的な著作で、剣術の奥義がまとめられている。寛永20年(1643)から死の直前の正保2年(1645)にかけて、熊本県熊本市近郊の金峰山にある霊巌洞で執筆されたとされる。 自…

寺山修司「空豆」の名歌

そら豆の殻一せいに鳴る夕 母につながるわれのソネット 『空には本』より 寺山修司

魅惑の罌粟

誘惑の手をさしのべる あなた 罌粟の花芯に 溺れて 死んでもいい 蕩ける愛

神域に紛れ込む

今日も又あなたに会えるような気がしてこの神域に紛れ込みました

矢車の花

石川啄木の歌 函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花 初出「スバル」 明治43年11月号 家の周囲に矢車の花が咲き、友と文学を語り恋愛を談じた、あの故里函館青柳町が懐かしい。 矢車草とは別の矢車菊(ヤグルマギク)↓ お遍路を見送るはずの矢車菊…

鉄幹・晶子の燃ゆる恋歌

♡ 雛罌粟(ヒナゲシ)=虞美人草=コクリコ=アマポーラ 皐月仏蘭西の野は火の色す君もコクリコわれもコクリコ 鉄幹→晶子 雛罌粟をコクリコと呼び合うこの二人真似できる人平成に居ず 雅人 ヒナゲシは今日の誕生花花言葉「慰め」などは弱弱しいと思う 古義軒

袋綴じ初版本『邪宗門』北原白秋

袋綴じ初版本『邪宗門』北原白秋 ~白秋処女詩集として脚光を浴びる~ 北原白秋の処女詩集『邪宗門』は、明治42年3月、易風社から半ば自費で刊行されたもので、白秋が二十五歳の時であった。 「魔睡、朱の伴奏、外光と印象、天草(あまくさ)雅歌、青き…