『枕草子』『徒然草』における〔草木〕

枕草子
 木の花は、濃きも薄きも紅梅。
 桜は、花びらおほきに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる。藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし。
 卯月のつごもり、五月のついたちのころほひ、橘の葉の濃く青きに、花のいろ白う咲きたるが、雨うち降りたるつとめてなどは、世になう心あるさまにをかし。花の中より、こがねの玉かと見えて、いみじうあざやかに見えたるなど、朝露にぬれたる朝ぼらけの桜に劣らず。ほととぎすのよすがとさへ思へばにや、なほさらに言ふべうもあらず。 (34段)
 草の花は撫子、唐のはさらなり、大和のも、いとめでたし。女郎花。桔梗。朝顔
    …(44段)

徒然草
 家にありたき木は、 松・桜。松は、五葉もよし。花は、一重なる、よし。八重桜は、奈良の都にのみありけるを、この比ぞ、世に多く成り侍るなる。吉野の花、左近の桜、皆、一重にてこそあれ。八重桜は異様のものなり。いとこちたく、ねぢけたり。植ゑずともありなん。遅桜、またすさまじ。虫の附きたるもむつかし。梅は、白き・薄紅梅。一重なるが疾く咲きたるも、重なりたる紅梅の匂ひめでたきも、皆をかし。遅き梅は、桜に咲き合ひて、覚え劣り、気圧されて、枝に萎みつきたる、心うし。「一重なるが、まづ咲きて、散りたるは、心疾く、をかし」とて、京極入道中納言は、なほ、一重梅をなん、軒近く植ゑられたりける。京極の屋の南向きに、今も二本侍るめり。柳、またをかし。卯月ばかりの若楓、すべて、万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり。橘・桂、いづれも、木は古り、大きなる、よし。
  草の花は 撫子。唐のはさらなり、大和のもいとめでたし。女郎花。桔梗。朝顔。刈萱。菊。壷菫。竜胆は、えださしなどもむつかしけれど、こと花どもの、みな霜がれたるに、いとはなやかなる色あひにてさし出たる、いとをかし。また、わざととりたてて人めかすべくもあらぬさまなれど、かまかつの花、ろうたげなり。名もうたてあなる。雁の来る花とぞ文字には書きたる。かにひの花、色は濃からねど藤の花といとよく似て、春秋と咲くがをかしきなり。
 萩、いと色深う、枝たをやかに咲きたるが、朝露に濡れてなよなよと広ごり伏したる。さ牡鹿のわきて立ち馴らすらむも、心ことなり。八重山吹。(139段)