中西進著『悲しみは憶良に聞け』光文社

 力強い本書の題名にまず心惹かれる。「貧乏をうたった、ただひとりの万葉歌人山上憶良。今で言う「在日」という生い立ちにあって「貧窮問答の歌」など社会性のある歌を多く詠んだ作品には、現代に通じる悲しみがこめられている。万葉学者中西進氏がその心性を追求し、深い人間性に迫る。 わが身への愛しみ…生命への愛は「はげしい自己の意識に裏付けられたもので、まさしく現代的ものである」と断定する。苦しみを背負い込まなくては生きていけない現代人」に通ずるものと捉える。
 貧窮問答の雪は故国「ソウルの雪」とみる発想は比較文学者を象徴する見方。中国の詩人陶淵明の影響も指摘する。三大テーマは老い・病・愛。万葉の歌にふところの深さをもたらせる。
 その悲しみのなかにも「あくなき生命力」に賛辞を与える。「かれほど清明への執着を示す万葉歌人はいません」と断言する。そして、次の歌で掉尾を飾る。
 士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして
 
イメージ 1