中西進著『源氏物語と白楽天』岩波書店

唐土(もろこし)にもかかることの起こりにこそ世も乱れあしかりけれ」と冒頭「桐壷」の巻で楊貴妃を溺愛した玄宗皇帝のこと(「長恨歌」)が書かれている。唐のように戦乱は起こらなかったが、戦乱の「申し子」としての光源氏として読み取る。母桐壷の更衣の死、それは戦乱以上に源氏の深刻な悲劇であった。
「夕顔」の巻でも「長生殿の古きためしはゆゆしくて、翼をかはさむとは引きかへて、弥勒の世をかねたまふ」と「長恨歌」の有名な「天にありては…地にありては…」からの引用であることを指摘する。
「若紫」の巻では「日高う大殿籠り起きて」が「春宵苦(はなは)だ短く、日高くして起き」を踏んでいると指摘されている。
「末摘花」の巻では「三つの友にて、いま一種(ひとくさ)やうたてあらむ」とあるのは、これも白楽天の「北窓三友」という詩に起因している。
 このように見て来ると、その後「葵」「賢木」「須磨」「明石」「蓬生」…37巻に白楽天の詩の影響関係が伺える。
 作者紫式部は、「長恨歌」は言うに及ばず、白楽天の詩文を自家薬篭中のものにして、大作『源氏物語』の奥行を深めさせている。それを著者中西進は「協奏の旋律」と音楽的・文学的に喩えて文芸論的表出となっている。
 その中でも最も象徴的なのは白詩の「陵園の妾」という死の悲しみが浮舟の死の悲しみに通じて心惹かれ、印象的な本書の結びとなっている。