俳聖が「化け芭蕉」に

『化け芭蕉 縁切り塚の怪』 瀬川貴次著 角川文庫

 松尾芭蕉が元々伊賀の無足人の出身であることはよく知られている史実。
 ともに俳諧を楽しんだ主君・藤堂良忠を若くして亡くし、藤堂家を致仕した後、俳諧宗匠として江戸で名を挙げるまで様々な苦労を重ねた。
 本作の主な舞台となるのは、この良忠が亡くなった直後。自分のことを評価、理解してくれていた主君を失う一方で主君の継室に淡い想いを寄せる空虚さと煩悶を胸の内に抱えていた若き日の芭蕉。これまた若き日の曾良、河合惣五郎とともに妖怪絡みの事件に挑むホラー物。
  寛文6年、藤堂家の使用人・松尾宗房は奇妙な老人に絡まれ蔓草に襲われる。怪異から宗房を助けたのは、眼光鋭い美青年・河合惣五郎。俳諧を通じて意気投合した二人は、藤堂家に続く不幸の原因究明に乗り出す。
 死の床にあった老いたる松尾芭蕉。死を目前にして、出仕もせず妻子も持たず、旅に明け暮れた己の人生に深い悔恨を抱いた芭蕉は、いかなる力の作用によるものか、芭蕉翁と名乗って若き日の自分宗房の前に現れ、彼が自分と同じ道を歩むことを阻もうとする。
 奇怪な妖をけしかけてくる芭蕉翁がまさか未来の自分自身とも知らず苦しめられる宗房。さらにそれに加え、一連の妖騒動にはさらに一ひねりが用意されている。
 芭蕉ともう一人の芭蕉と、この奇想天外なシチュエーションが面白い。今までにない怪異ミステリー、『化け芭蕉