藤袴

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    『源氏物語』 30帖「藤袴」  現代語訳
  
  むらさきの〈ふぢばかま〉をば見よと言ふ二人泣きたきここち覚えて   晶子  
 
  同じ野の露にやつるる〈藤袴〉あはれはかけよかことばかりも   夕霧

 尚侍(ないしのかみ)になって御所へお勤めするようにと、源氏はもとより実父の内大臣の方からもすすめてくることで玉鬘は煩悶をしていた。それがいいことなのであろうか、養父のはずである源氏さえも絶対の信頼はできぬ男性の好色癖をややもすれば見せて自分に臨むのであるから、お仕えする君とのあいだに、こちらは受動的にもせよ情人関係ができたときは、中宮も女御も不快に思われるにちがいない、そして自分は両家のどちらにも薄弱な根底しかない娘である。中宮や女御における後援は期して得られるものでないうえに、自分の幸運げな外見をうらやんで何か悪口をする機会がないかとうかがっている人も多くもっていては、そのときの苦しさが想像されると、若いといってももう少女でない玉鬘は思って苦しんでいるのである。そうかといって、今のままで境遇を変えずにいることはいやなことではないが、源氏の恋から離れて、世間の臆測したことが真実でなかったと人に知らせる機会というものの得られないのは苦しい。実父も源氏の感情をはばかって親として乗り出して世話をしてくれるようなことはないと見なければならない、曖昧な立場にいて自身は苦労をし、人からは嫉妬をされなければならない自分であるらしいと、玉鬘は嘆かれるのであった。実父に引合せてからは、もう源氏は道徳的にはばからねばならぬことから解放されたように、戯れかかることの多くなったことも玉鬘を憂鬱にした。自分の心もちをにおわしてだけでもいうことのできる母というものを玉鬘はもっていなかった。東の夫人にせよ、南の夫人にせよ、娘らしく、また母らしくはして交わってくれるが、どうしてそんな貴婦人に内密の相談などがもちかけられようと思うと、だれよりも哀れなのは自分の身の上であるような気がして、夕方の空の身にしむ色を、縁に近い座敷からながめてもの思いをしているのであったが、そのようすはきわめて美しかった。淡鈍色の喪服を玉鬘は祖父の宮のために着ていた。そのため顔がいっそうはなやかに引き立って見えるのを、女房たちは楽しんでながめているところへ、源宰相の中将が、これも鈍色の今すこし濃いめな直衣を着て、冠を巻纓にしているのが平生よりも艶に思われる姿でたずねて来た。最初のころから好意をあらわしてくれる人であったから、玉鬘の方でも親しくとり扱った習慣から、今になっても兄弟ではないというような態度をとることはよろしくないと思って、御簾に几帳を添えただけの隔てで、話はとりつぎなしでした。(後略)