無題(十五)

 
 小豆島には馬越という地名があって、その名を聞いただけでロマンを感じる。
「眺めがいいから、先生一度行ってみてください」と教え子に勧められた。
 私が島のあちこちの風景画を描いていることを知っている女生徒のことばであった。
島バスと言って、島民に親しまれている定期バスによく乗ったものである。島の中ほどの九十九折の道の頂上近くで、馬の越えるのに会えばと願いたい場所柄であった。
「私の家は、小馬越で降りて、坂道を南に登っていった竜湖寺です」と言ってくれる二年の女生徒があった。
 次の日曜日に早速行ってみると、期待どおり絵に描くのに格好な清閑な古寺のたたずまいだった。早速その境内の花散り始めた杏をバックにして島四国の風景画に仕上げることができた。
 昼食の接待を受け、その代りというわけではなく、記念に
    清明の寺裏の杏に迎えらる
 この一句を裏に書き、昭和36年4月5日、その日の日付を記しておいた。
「今も額に入れて、里の庫裏に掲げています」という便りを先日もらった。半世紀経てもまだその絵の在ることを知って、恥ずかしくも、うれしい。
 彼女は大阪に嫁いでいて、今では三人の孫があるという。