無題(五)

 
 野辺をゆけば雲雀が鳴く。川辺をゆけば行々子が鳴く。晩春のアンニュイの中で、なぜかコケティッシュだったナオミのことを想い出す。谷崎の小説に出てくる名と同じ発音の直美は、文芸部員で甘い詩を書いていた。それをあまり推敲せず走り書きのまま顧問に見せに来た。
 いちいち、それら習作の批評はせず、いつもほめてやった。ほめてもらいたいからやってくることが分かっていたので、厳しいことは言わず、次のように言うのがせいいっぱいだった。
「もっとシンプルに、詞はできるだけそぎおとした方がいいかもよ」
 彼女は男子生徒にたかられた。ハエがたかるように。それをいい気にして驕り高ぶるところもあって、クラスで疎外感を味わうことになる。天性の楽天主義が登校拒否には至らなかったが、いじめにあっていたと言える。いじめられる側にも責任があるという見方もできた。担任は「どうしようもないな」とぼやく傍観者にすぎなかった。
 彼女は周囲に嫌気が射して、口を閉ざし始めた。冗漫な詩文を捨てて俳句を作るようになった。クラシックな伝統を尊重をする顧問の感化があったのかもしれない。
   桐は実を緑に結び姉嫁ぐ    
 この一句が俳誌「旭川」の雑詠に特選になった。
「もうこれで独り立ちできるね」と言われて
「そう、いろいろ心配かけたけど、いつか先生みたいな人を探して幸せになるわ」
 と言い切った。それは「春の鳥」たちの囀る頃、半世紀前のお伽噺だった。