草野心平「富士山」

     
     富士山      草野心平

  川面に春の光はまぶしく溢れ
 そよ風が吹けば光たちの鬼ごっこ
 葦の葉のささやき 葦の葉のささやき
  行行子(よしきり)は鳴く
  行行子の舌にも春のひかり
  土堤の下のうまごやしの原に
  自分の顔は両掌のなかに
  ふりそそぐ春の光に
  却って物憂く眺めていた
  ふりそそぐ春の光に
  却って物憂く眺めていた
  少女たちはうまごやしの花を摘んでは
  巧みな手さばきで花環をつくる
  それをなはにして縄跳びをする
  花環が圓を描くとそのなかに富士がはひる
  その度に富士は近づき とほくに座る
  耳には行行子
  頬にはひかり

 昭和35~37年頃、高校国語(甲)の現代詩で教えたことがある。
ウマゴヤシを小豆島の野に摘み取り、繋いで輪にして、縄跳びの真似をしたり…
若かったなあ、あの日にもう一度返りたいが、そのすべもない。あれから60年近くなる。あの時の子どもたちはもうとっくにお婆ちゃんになっているのか…