岬を越えて(ラジオドラマ)

 
         母 信子の「遺稿」
                                        剣持雅澄
 母信子は昭和四十二年九月二十六日三豊病院で病死した。生年月日は明治三十七年三月三十一日(繰り上げ)なので享年は六十三歳六ヵ月(満年齢)。
見果てぬ夢は香川菊池寛賞受賞であって、これはその悲願を昭和五十六年第十六回「俳諧の風景」で母に代わって果たしてあげた。
 実際は完成して応募できなかった創作劇(ラジオドラマ)の下書きの一部をここに抜書きする。

 「岬を越えて」(仮題)
遠蛙の声
群衆のざわめき、徐々に近くなる。
大作「旦那さま」
新蔵「漁夫仲間が押し寄せて来たか」
大作「今度の組手はちと手ごわい者のようで、皆で追い返します程に…いや、話したく、代表者を四、五人出して…
新蔵「かまわぬ、かまわぬ。誠意が通じれば、分からぬはずはない」
大作「前もって話したように、この事業の趣旨はよく分かってくれていると思うが…」
新蔵「漁師方への補償も充分しよう。その事についてはしばらく工事にとりかかり、竣工の後にしたい」
大作「一切責任をもつからと言っても、はたして信じてもらえるかどうか」
新蔵「初めから甘い事を言っておれない」
 押し寄せてくる漁師
漁師一「親代々の漁師でござんすよ。俄かにこの海を奪われたら日干しになっちまいますよ」
漁師二「塩田などでどうなりますか」
漁師三「塩田など止めてくだはれ」
新蔵「ま、よく聞いてくれ。近欲にならず、これは郷土百年の計、この塩田事業によって豊浜は真の豊かな浜になるはずなんだ」
漁師一「わっしらは、今が今食ってゆけるかどうかが大事なんだ。何か百年の計だよ」
漁師三「漁場を取られることは、我々を死ねということと同じなんだ」
新蔵「皆の者がどのように言おうと、殿様の許しを得て事は運んでいるので、今更どうにもならない」
 紋切り方、杓子定規に言ってのける。
 漁師たちのざわめき、高く低く、喚声を挙げて次第に遠ざかる。
大作「旦那さま、申し訳ございません。えらい不手際な事をして」
新蔵「漁師はあれでおさまるまい」
大作「この八ヵ村、誰一人旦那さまに承服しない者はありませんに…」
新蔵「昔、白河法皇さまは、朕が意の如くならざるものは、賀茂川の水と双六の賽と仰せられたではないか」
大作「漁師の反抗も致し方ないということですか」
新蔵「それでも私はあくまでもやり遂げる。大義のためには万難を排してやり遂げる覚悟だ。塩田を拓き港も築く。これが畢生の仕事。昔から何度かやりかけて挫折してしまったこの地。今私がやらずに誰がやる」
(ナレーション)
 漁師仲間の釈然としない気持ちと態度に一抹の不安の影はありながら、夏の初めにいよいよ工事は始まりました。
 嬉々として集い来る老若男女。
 浜は俄かに祭りのような賑わしさ。
 塩田用地の地ならし。
 沖には石材を積んだ千石船が入って来ています。
 御番所の浜に入ってきて沖中仕達の手で下されています。
 ちょっとその様子を聞いてみましょう。
(音響効果)
 石材荷揚げ。石材を運ぶ音。海に投げる音。
 人夫のかけ声。ざわめき。
仕事の音に代り昼飯のざわめきになる。
女一「旦那さまが向こうからお越しなさる。大分日にお焼けになったようだなあ。
女二「逞しく、男盛りと申し上げたいなあ。
女三「お歳はいくつかしら」
女一「池普請の時は三十二と言ってたから、四十二、厄年でしょうな」
女三「四の二の厄年は男の運定めと言われるから、この事業がうまくゆくといいのにな」
子供たちに若い衆が声をかけ、地面に砂糖を撒く。
若衆一「ほれ、角力だ、角力だよ」
若衆二「讃岐三白は何か、知っとるか、お前たち」
子供達「…知らんわ」
若衆一「讃岐名産に白い物が三つある。砂糖に米、
もう一つは何だと思う?」
子供達「わからん」「わからん」
若衆二「辛いものだよ」
子供達「塩」「塩か」
若衆一「塩田をここに作るらしいよ」
子供達「エンデン?」