小品「芭蕉、琴姫問答」(その二)

          創作「芭蕉、琴姫問答」(その二)
芭蕉「若い時臨済仏頂和尚から禅を学んでいますからね。一夜庵でもそのことは触れなかった」
琴姫「宗教は表に出ない方がいいのね」
芭蕉「これはまた、この辺境の地でそんな気の利く言葉を聞くとは」
琴姫「死んでも仏にはならないの、人間は」
芭蕉「何を言い出すのだよ、琴姫とやら」
琴姫「南無…と言ってしまったら、人間おしまい」
芭蕉「おしまい」
琴姫「そうおしまい。そうではなくて、何にも頼らない気持ちが大事だと思うわ」
芭蕉「…」
琴姫「あえて言えば、自然に身を任せるの。身をゆだねるの、大虚に」
芭蕉「大虚に…」
琴姫「悟りを開かれた芭蕉先生、ご存じではありませんか。神仏にもこだわりのない無の世界に抱かれる…」
芭蕉「…」
琴姫「何かお応えください。天下の芭蕉翁ではありませぬか」
芭蕉無為自然。何ものにも捉われない自在の心境というところか」
琴姫「少しわかって、少しわからない」
芭蕉「この歳になっても分からないことばかりなので、分かったように言っているつもりはない」
琴姫「謙虚な翁にしてみればそうでしょうが、そんなことを言っていたら、だれも言ってくれる人がいなくなるではありませんか」
芭蕉「いや、そうではない。人間、神様でも仏様でもない。所詮、人間は多寡知れている。はかなく、小さな存在にすぎない」
琴姫「なるほど、芭蕉様に言われたらそんな気もします」
芭蕉「ただ言っておけば、一つだけ自分には俳諧へのこだわりがあって」
琴姫「わかります、そのことはわかります。と言ってもわかってはいないのですが、わかるような気がします」
芭蕉「なんで俳諧ごときつまらぬものにこだわるのだろうかの」
琴姫「こちらが聞きたいこと」
芭蕉「琴姫とやら、どこから現れた神の使者やら」
琴姫「宗鑑さまの客扱いがあまりよろしくないために、おもてなしにこころがけているはした女でございます。もうそれ以上はお聞きにならないで」
芭蕉「…」
琴姫「お遍路さんへの接待もそう。もう1200年になるわ」