名詩「勾配」解説

         勾  配      
                       森川義信
  非望のきはみ
  非望のいのち
  はげしく一つのものに向かって
  誰がこの階段をおりていったのか
  時空をこえて屹立する地平をのぞんで
  そこに立てば
  かきむしるように悲風はつんざき
  季節はすでに終わりであった
  たかだかと欲望の精神に
  はたして時は
  噴水や花を象眼
  光彩の地平をもちあげたか
  清純なものばかりを打ちくだいて
  なにゆゑにここまで来たのか
  だがみよ
  きびしく勾配に根をささへ
  ふとした流れの凹みから雑草のかげから
  いくつもの道ははじまってゐるのだ       『荒地』第四輯(昭和14年11月) 
        
       鮎川にとって、森川の「勾配」は、「同時代の詩人の作品に心から動かさ       れた」ほとんどはじめての経験となった。 …
       戦争の貫徹へと、否応もなく、すすみつつあった。戦闘家ですらない鮎川       たちにとっても、森川義信が唄ったように、1939年の秋、「季節はすでに       終りであった」。…
       森川は、すべてが終わったことを知っていた。
       「だが」彼は、なおも「いくつもの道」があることに期待を賭ける。
       悲痛ではあるが、それも決断であった。
                      鮎川信夫と『新領土』 (中井晨 著)