無題(二十八)

「もっと想像力を豊かにね」とその時彼女に言われた。
「ありのまま事実や体験を書いたってどれほどの意味がある?」
ということの裏返しだと思い、彼は自分の作品を評価してくれなかったと悟った。
あれはいつの日だったか、そんなことは何十年も何百年も前のような気がした。
同人誌の合評会などという代物に参加して、いっぱしの作家気取りの会に出たのも大昔のような気がするのだった。
「もって裸になって書いてくださいよ」と厳しいことを言われたのもその頃のことだった。
以来、ほとんど裸の自分を書こうとしていない。一皮も二皮もけげるわけでもない。依然として身を鎧ったまま、赤裸々の自身の暗部は披歴しないでいる。したがって、人の心に深く迫る文学の核心には触れられずに無為の似非文学者のままでいる。真に目覚めることのない彼。