「鰯雲」名句

    鰯雲日和いよいよ定まりぬ   高浜虚子
 
   鰯雲に告ぐべきことならず  加藤楸邨
 
   鰯雲こころの波の末消えて   水原秋桜子
 
   鰯雲日本に死すること辞せず  山口誓子
 
   鰯雲網子の一生はてしらず   山口青邨
 
   船音は遠きにさだか鰯雲    中村汀女
 
   鰯雲故郷の竈火いま燃ゆらん  金子兜太  
 竈火は「かまどび」と読ませる。望郷の歌ではあるが、作者はまだ若い。だから、そんなに深刻ぶった内容ではない。私が特別にこの句に関心を持つのは、若き日の兜太の発想のありどころだ。何の企みもなく、明るい大空の様子から故郷の暗い土間の竈の火の色に、自然に思いが動くという、天性の資質に詩人を感じる。兜太の作品のなかでは、あまり論じられたことがない句のひとつであろうが、私に言わせれば、この句を抜いた兜太論など信用できない。ま、そんなことはどうでもいいけれど、故郷の竈火もなくなってしまったいま、私などには望郷の歌であると同時に「亡郷」の歌としても読めるようになってきた。時は過ぎ行く。『少年』所収。(清水哲男
 
   昨日の空今日もあるべし鰯雲
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