奥の細道「尿前の関」
奥の細道24 尿前の関
南部道遥にみやりて、岩手の里に泊る。小黒崎みづの小嶋を過て、なるこの湯より、尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす。此路旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす。大山をのぼつて日既暮ければ、【封人の家】を見かけて舎を求む。
蚤虱馬の尿する枕もと 尿「バリ」「シト」二説あり。
あるじの云、是より出羽の国に大山を隔て、道さだかならざれば、道しるべの人を頼て越べきよしを申。さらばと云て人を頼侍れば、究境の若者反脇指をよこたえ、樫の杖を携て、我我が先に立て行。けふこそ必あやうきめにもあふべき日なれと、辛き思ひをなして後について行。あるじの云にたがはず、高山森〃として一鳥声きかず、木の下闇茂りあひて夜る行がごとし。雲端につちふる心地して、篠の中踏分踏分、水をわたり岩に蹶て、肌につめたき汗を流して、最上の庄に出づ。かの案内せしおのこの云やう、此みち必不用の事有。恙なうをくりまいらせて、仕合したりと、よろこびてわかれぬ。跡に聞てさへ胸とゞろくのみ也。
〔尿〕小児の尿(イバリ)を奥羽にてシトという。 嫌がられるものばかりを並べ立てているものの、卑俗を越えて、ユーモア・おかしみがあってかえって好感が持てる。『奥の細道』のクライマックスとして高く評価する見方もある。
霞の衣すそはぬれけり 佐保姫の春立ちながらしとをして