サンビーチ「渚」にて


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  夏休みに入って間もないのに、海水浴客がないのです。渚の美しく、降り注ぐ光
輝くサンビーチと名づけられた海浜でありますのに、どうしたことなのでしょう。見下ろす仁尾街道から下に降りて、この休憩所に憩うことは散策者の自然な気持ちであります。この屋根付きの板の上に一人静かに身を横たえ、老いの身は感慨に耽る。 
普通はもっと鄙びてささやかなのが海の家です。この棟は広々として三十畳敷きもある建物三棟です。一時は海水浴客が多く、これで一向繁盛したのでありましょう。
ところが、今は違います。なぜか分からないのですが、海水浴客がいないのです。
かつては一区切り三畳の区切りを簾でして、十組を収容したのかもしれません。
さて、ここに私は一人寝転んでみることにしました。人が誰もいないのはもったいないことです。誰の遠慮も要らない独り占め、独りの時を楽しむことができるのです。
仰向けになって寝て見ると、老いの身が楽になってきて、ほっとします。
ただそれだけではなく、遠い日の島の夏が思い出されてくるのでした。
 小豆島の長浜、大部などの自然海岸はここに似ていて、渚の風景です。
 目をつむって静かに身を横たえていると、耳に聞こえるのは鶯の声です。
  それに時折時鳥の声が交って聞こえます。また少しすると、クマゼミの声。
気の早いツクツクボウシの勇み声さえして、夏は深まろうとしています。
とろとろと一眠りしたでしょうか、上の道の方から女の声がするのに目を
覚ましました。斜め上を見上げますと、中年の姿のいい女が横向きに見 
えました。その後のU子の趣もありましたが、こんなに若くはないはずだと
思い直すのでした。なんでもいい、逸早く写真だけは撮っておきました。
  すぐ、旦那の姿が現れ、二人は車で姿を消しました。さて、カメラに女の姿
  が写っているかと見てみたのですが、視界を外れて何も映っていません。
  また、私はゆきづりの女など諦めて、うつらうつらと惰眠を貪っていました。
   その夢の中で優しい声がして 「U子は舟に乗って来ました」と言うのです。
もう決して会えない、どこへ行ったかもしれないU子が一人一艘の舟で 
広がる燧灘の向こう、西方の果てからこの渚に辿りついたのです。
   わざわざこちらから会いに行ったりはしないし、向こうから会いに来たりは
しないはずだから、唯偶然会える日をはかなく期待していたのです。