小豆島の風景画

 
            風景画~半世紀前の小豆島~
                                                             剣持雅澄
 恥かしながら、自分は風景画家だと思っている。ただ思っているだけで、風景画を描いて身過ぎ世過ぎをしているわけではない。また、趣味で風景画を描いているのでもない。若い時は何枚も何枚も画用紙に水彩画で風景をよく描いたものである。特に小豆島で三年間教師をしていた時は、たいていが小豆島のどこかで三脚を立てて島の美しい風景画を描いたものである。五百枚は描いて島の人にあげた。教え子が多かったかもしれない。友達がもらうと自分も当然ほしくなってもらうというわけである。
 以来半世紀以上経つので、おそらくまだ飾ってくれているとは思えない。あぶくのように消えていった私の絵。小豆島の風景の美しさを一幅の絵に描きとどめた、その行為。はかなくも消えた淡い恋心のように跡形もなく消え去ってしまっている、と言ったらまちがいないだろう。
 その当時は日記も書いていなかったので、いつどこでどんな絵を描いたか、記録にも残っていない。今、少しでも記憶をたぐり寄せて、どこでどんな風景を描いたか、あえて思い起こし、初めてここに写生記憶集を作ってみよう。
初めに最も心を惹かれたのは、馬越峠を越えたところから見下ろした屋形崎、見目である。画板を風呂敷に包んで小脇に抱えた私を見つけて教え子が後から付いて来て、私が絵を描く傍で見ていて、いろいろ話しもして二時間ほどで完成、その絵を彼女に進呈した。そのことを知った友人が自分もそのようにしてもらいたくなるのは言うまでもない。
 北浦を越えて、大部の「こぼれ美島」はその名のとおり美しく点在する大島小島である。もうこれはこれだけで、青い海と白い波を描けば簡単に絵になる。文芸部に属していた彼女からその名を紹介されて知ったことである。また、その近くの浜辺に住む別の教え子は寒さに凍えそうな冬、温かい焼き芋を持ってきてくれたこともある。
 漁港のある伊喜末、小江の情緒もさることながら四海線バスの終着駅長浜をことのほか愛した。廃校寸前の小学校二階を借りて遠景の海を描き、近景に彼女の家を描くことにときめきを感じたものである。
 紅葉の名勝寒霞渓で一人その美しい風景を描いていると、偶然そこへクラス遠足で登ってきた二Bの生徒たちに取り囲まれたこともある。いっしょに写真を写そうと言って写したこの写真ほどうれしいものはない。
 小豆島に付随するような豊島、小豊島がその西側にある。豊島(てしま)乙女に誘われて、ある日曜日この島をめぐって歩き、妹のような二人に一枚ずつ豊島の風景画を記念に渡して帰ったこともある。
 熱帯植物馴化園として八代田植物園、その傍らに溜池があって、ここは絵になる景観である。ここで描いていると男の子が来て私が描くのを見ていたが、やがて姉ちゃんが出てきて一緒に見出した。無口な生徒だったが、この時はいろいろ話すことができた。別れるとき絵を上げると言うのに、受け取らなかった。そんなにされたのは、前にも後にもない。潔癖な(偏屈者とも言われていた)父親の血筋を引いているという気がしたものである。
 五十年もすれば、ほとんど忘れてしまっている絵。スケッチもしない、いきなり色を塗っていく風景画。山は緑に、海は青く、それも絵ハガキのような鮮明な風景。人物画でも静物画でもない、純粋の風景画。そればかりを飽きもせず、描きに描きまわったあの頃。独り身の青春だった。一日一枚は描いて、人を喜ばせる、その単純さが楽しいのであった。
 数枚の絵がなぜか残っている。いい絵で人に上げてしまうのが惜しくて取っておいたとは思われない。人に上げるほどのものではない失敗作だとして残しておいたものかもしれない。
 渕崎の村落が麓に並ぶ皇踏山を大きく写生したもの。遠景に薄く描くべきものを強烈に濃く描いたもので、かなり不自然だが、見る人によってはこれを芸術的手の施されたものとして、評価してくれるかもしれない。
 蕪崎のこれも人が乗って漁舟を操作している光景が描かれ、見方によれば、面白いと言ってくれるかもしれない。
 そして、土庄高校。二階建の木造校舎。赤茶けていて外観が美しいとは言えないものの、ここを母校とする者は懐かしく思うかもしれない。
 肥土山の千枚田。段々畑がいくつもいくつも続いている風土的には貴重なものだろうが、美観としてどうかということで、残しておいたのかもしれない。不自然な黒い畦道が気になるところか。
寒霞渓が遠景にある丸金醤油工場、これはめったに描かない人間の暮しがもろに出ている景観である。積荷を運ぶ船が描かれているのも自分としては異例のものである。
今さら人には上げられない、自分の思い出の風景画。どうすることもできず、お蔵入りとなって、日の目を見ることはないにちがいない。
 
 
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