西讃(香川県西部)の文学の風景
西讃(香川県西部)の文学の風景 撮影 2014年9月18日6時30分
宗鑑終焉の興昌寺山↑山麓に「一夜庵」がある。
曼荼羅へ登る行道は、世の大事にて、手を立てたるやうなり。大師の、御経書きて埋ませおはしましたる山の峯なり。坊の外は、一丈ばかりなる壇築きて建てられたり。それへ日毎に登らせおはしまして、行道しおはしましけると、申し伝へたり。巡り行道すべきやうに、壇も二重に築き廻されたり。登るほどの危ふさ、ことに大事なり。構へて這ひまはり着きて
めぐり逢はんことの契りぞありがたき厳しき山の誓ひ見るにも
やがてそれが上は、大師の御師に逢ひまゐらせさせおはしましたる峯なり。「わがはいしさ」と、その山をば申すなり。その辺の人は「わがはいし」とぞ申しならひたる。山文字をば捨てて申さず。また筆の山とも名付けたり。遠くて見れば、筆に似て、まろまろと山の峯の先のとがりたるやうなるを、申し慣はしたるなめり。行道所より、構へてかきつき登りて、
筆の山にかき登りても見つるかな苔の下なる岩の気色を
めぐり逢はんことの契りぞありがたき厳しき山の誓ひ見るにも
やがてそれが上は、大師の御師に逢ひまゐらせさせおはしましたる峯なり。「わがはいしさ」と、その山をば申すなり。その辺の人は「わがはいし」とぞ申しならひたる。山文字をば捨てて申さず。また筆の山とも名付けたり。遠くて見れば、筆に似て、まろまろと山の峯の先のとがりたるやうなるを、申し慣はしたるなめり。行道所より、構へてかきつき登りて、
筆の山にかき登りても見つるかな苔の下なる岩の気色を