琴姫

     琴弾八幡女神之像              琴弾山麓 旧十王堂の上
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琴弾八幡宮     観音寺市八幡町                  
 琴弾公園入口の大鳥居をくぐり、381段の石段を登ると本殿が見え.る。技芸の神様としてよく知られており、同宮の由緒によると、大宝3年(703)の3月、3日間に及ぶ嵐が吹き荒れ、静けさを取り戻した夜、海浜に一隻の船が現れ、琴の音が聞こえてきた。琴の主は「われは八幡大神である。都に近づいて朝家を守護するためはるばる宇佐からやってきたが、この地のあまりに美しい風光を見て去るにしのびない」と言った。人々は琴の主(女神)を船とともに山上へ曳きあげて神殿を建て、「琴弾八幡宮」として祀ったと謂われている。 八幡宮にかつて十王堂のあった神域には「琴弾女神之像」が建立されている。
 社伝では、大宝3年(703)3月、八幡大菩薩の乗った船が近くに漂着したのを見つけ、里人とともに船を山頂に運び祀ったのに始まると伝える。そのとき、船の中から琴の音がしていたことから「琴弾」の社名がある。
「琴弾女神像」もこの琴弾八幡宮縁起にちなむ。
 
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  題字「琴」は奥村土牛筆、女神像は谷口淳一製作。
  
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       小説「芭蕉来讃夢」より抜粋
芭蕉「琴姫よ、黙って後からついて来るのは淋しくはないか」
琴姫「とんでもない。心からお慕いしております芭蕉さまのお供をさせていただくだけで幸せでございます」
芭蕉「それならいいが、これまでほとんど一人旅。何回かは随従してくれる門弟があった。女の同行者は一人もなかった」
琴姫「この度の伊予行はひょんなことの付き従いでございますね」
芭蕉「お遍路によく会うが、そなたは行ったことはありますか」
琴姫「男も女も若い時、一度は行くものとされていて、わたしも行きました」
芭蕉「それは感心な」
琴姫「それより芭蕉さまはどうして仏の道に入らなかったのでしょうか」
芭蕉「若い時臨済仏頂和尚から禅を学んでいますからね。一夜庵でもそのことは触れなかった」
琴姫「宗教は表に出ない方がいいのね」
芭蕉「これはまた、この辺境の地でそんな気の利く言葉を聞くとは」
琴姫「死んでも仏にはならないの、人間は」
芭蕉「何を言い出すのだよ、琴姫とやら」
琴姫「南無…と言ってしまったら、人間おしまい」
芭蕉「おしまい」
琴姫「あえて言えば、自然に身を任せるの。身をゆだねるの、大虚に」
芭蕉「大虚に…」
琴姫「悟りを開かれた芭蕉先生、ご存じではありませんか。神仏にもこだわりのない無の世界に抱かれる…」
芭蕉「…」
琴姫「何かお応えください。天下の芭蕉翁ではありませぬか」
芭蕉無為自然。何ものにも捉われない自在の心境というところか」
琴姫「少しわかって、少しわからない」
芭蕉「この歳になっても分からないことばかりなので、分かったように言っているつもりはない」
琴姫「謙虚な翁にしてみればそうでしょうが、そんなことを言っていたら、だれも言ってくれる人がいなくなるではありませんか」
芭蕉「いや、そうではない。人間、神様でも仏様でもない。所詮、人間は多寡知れている。はかなく、小さな存在にすぎない」
琴姫「なるほど、芭蕉様に言われたらそんな気もします」
芭蕉「ただ言っておけば、一つだけ自分には俳諧へのこだわりがあって」
琴姫「わかります、そのことはわかります。と言ってもわかってはいないのですが、わかるような気がします」
芭蕉「なんで俳諧ごときつまらぬものにこだわるのだろうか」
琴姫「こちらがお尋ねしたいこと」
芭蕉「琴姫とやら、どこから現れた神の使者やら」
  
琴姫「年を寄せても、ずいぶん健脚でいらっしゃって、感心しますわ。どこまでも」
芭蕉「どこまでも」
琴姫「お邪魔でなければ、どこまでもお供をしたいです」
芭蕉「旅は道連れ、世は情と言われるが、知ってのとおり奥の細道の道中、市振で遊女たちと同行を求められて断ったこともあって」
琴姫「であればこそ、その埋め合わせに私がお供するのを許してください」
芭蕉「許す許さないは問題でなく、このところずっと神出鬼没、付いて来ているではありませんか」
琴姫「そのとおりです。ただ、翁の足手纏いにはならないように」
芭蕉「翁と呼んでくれるのはありがたいが、老いぼれ者の身を案じてくれるのは、忝い」
琴姫「奥の細道の旅に出る前に、もも引の破れをつづりなどと書かれていましたが、そんな身の周りのお世話もできませんが、話し相手ぐらいはできるように思うのです」
芭蕉「それで十分。僻陬の地四国、母なる国に渡り、孤独を身に沁みて感じていた折、思いがけずそなたに出会えたことがうれしい。諸国に門弟は数多くいるが、女性は園女と智月くらい。寿貞はかつて内妻だったが、詠作には無縁であった」
琴姫「それに比べ、私めはどうなのでしょう」
芭蕉「どうなのでしょうね」
琴姫「どうだっていいのです。芭蕉翁のお後を慕いつつ西行きできることで、もう十分なのです」
芭蕉「それでは、もったいないではありませんか。
あなたは、俳諧の心得があると直感しておりますよ」
琴姫「宇和島が最終目的地とか、聞き及んでいます。できることなら、そこまでお供したいです」
芭蕉宇和島城は自分の仕えていた藤堂家の祖藤堂高虎の築きし城、それを見届けてみたい、母親の先祖かも知れない宇和島も見ておきたい、それも強い願いではありません」
琴姫「そうでしょう。それより何より天下の芭蕉先生が旅する西の果てまで同行できることで満足です」
芭蕉「ありがとう、琴姫とやら。そなたはどうしてこんな世捨て人の老いぼれに従って来てくれるのやら、それが不思議だね」
琴姫「何の不思議がありましょう。私は一夜庵辺り琴弾山に棲んでいた娘、いや媼。俳祖宗鑑の終焉の地である誇りは持っていたものの、芭蕉翁にはどうしても拝顔したいと念じておりました。讃岐に留まらず、伊予まで足を延ばすとお聞きしたものですから、これは放っておけないと、御あとを追ってきた次第です」
芭蕉「今初めて会ったわけではなく、これまで出没したそなたとは会話を交わしてきたが、ともすると、老いの繰り言となる」
琴姫「それでは何を」
芭蕉「無駄話より、両吟を試みようではないか」
 
  歌仙「雉の声」の巻   芭蕉・琴姫両吟 
父母のしきりに恋し雉の声      芭蕉
 伊予の高嶺に残る白雪      琴姫
干鱈裂く女は独り躑躅生けて      蕉
 ここを先途と落人部落          琴
名月や池をめぐりて夜もすがら    蕉
 菊酒を酌むけふの仕合せ      琴
砧打ちて我に聞かせよ坊が妻     蕉
 海水を引く今治の城             琴
定まらぬ娘のこころ取り静め       蕉
 伊賀上野とふ遠国に嫁す        琴
琵琶行の夜や三味線の音激し    蕉
 不老長寿の妙薬を呑む         琴
蛸壺やはかなき夢を夏の月       蕉
 水音涼し松風の渓              琴
草庵に暫く居てはうち破り          蕉
 命うれしき佳き人に逢ふ          琴
日は花に暮れて寂しやあすならふ  蕉
 蝶の出て舞ふ大原の里         琴
鶯を魂に眠るか嬌柳             琴
 飲まぬが分別医者の薬は       蕉   
潔癖な人に似合はぬ世迷言      琴
 琴弾く娘十八とかや             蕉
寒けれど二人寝る夜は頼もしき     琴
 臍の緒に泣くこの年の暮              蕉
万葉に伊勢を重ねて草枕         琴
 西行ならば女歌詠む            蕉
笈に太刀飾られてある神の棚      琴
 めでたき人も老い争へず          蕉
元禄の御代永劫の月今宵         琴
  容顔無礼萩の寝像は           蕉
ひょろひょろと姿現す女郎花         琴
  何を相手に居合一抜き            蕉  
闘牛を見所として宇和の郷          琴
 春爛漫の茜風吹く                蕉         
法悦の翁とながむ伊予桜           琴
 人の世の春ここに極まる           蕉